分析

テレ東『ブラッククローバー』第2期、第171話から開幕 原作完結で1期になかった「結末」を手に

5年の沈黙を経て、『ブラッククローバー』第2期は戦争のさなかからアスタの物語を再開する。放置にも見えた空白は、ついに最終ページにたどり着いた原作をアニメ化するための代償だった。
Molly Se-kyung
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アニメが原作に追いついて止まってから5年。スタジオぴえろ(Studio Pierrot)は田畠裕基(Yūki Tabata)の少年漫画を、完結した物語と続投の監督、そして最初の放送にはなかった制作スケジュールを携えて、テレビ東京とCrunchyrollに呼び戻した。

『ブラッククローバー』(Black Clover)第2期は、救出作戦のさなかから始まる。アスタは打ち解けたばかりの悪魔と並んで修行を積み、魔法騎士団の団長たちはスペード王国に囚われている。長寿アニメの再開地点としては奇妙で、5年ぶりに戻ってくる視聴者は面食らうはずだ。だが、10月3日にテレビ東京とCrunchyrollで始まった田畠裕基による剣と魔法の少年漫画の帰還で最も異例なのは、どこから始まるかではない。作り手たちが初めて、物語がどこで終わるのかを正確に知っているという点である。

ファンをやきもきさせた長い沈黙は、作品が自らへの関心を失った結果ではなかった。スタジオぴえろが、物語の在庫切れを二度と繰り返さないと決めた結果である。最初のシリーズが止まったのは、原作漫画に追いついてしまったからだ。新シーズンは田畠が漫画を描き終えた後に届き、続投する監督は、最初の放送に欠けていたスケジュールと資金をようやく確保できたと語っている。ゴールの決まった『ブラッククローバー』は、毎週のランニングマシンの上を走り続ける『ブラッククローバー』とは別物であり、今シーズンはその違いが画面にまで届くかどうかを試す最初の機会になる。

170話を見て途中で離れた人、あるいは序盤でついていけなかった人にとって、知りたいことはシンプルだ。戻ってくる価値はあるのか。どこで見られるのか。再生ボタンを押す前に何を押さえておけばいいのか。その答えは懐かしさよりも、長寿アニメがめったに選べない制作のあり方に左右される。

『ブラッククローバー』第2期の放送日時と配信先

第1話はテレビ東京系列で10月3日(土)23時に放送された。この日程は最初に週刊少年ジャンプ(Weekly Shonen Jump)を通じて告知されたものだ。Crunchyrollの公式発表によれば、字幕版の配信は同日の太平洋時間午前8時(日本時間では4日午前0時)に始まり、対象は北米・中米・南米、欧州、アフリカ、オセアニア、中東、CIS、インド亜大陸、東南アジアとなる。国内ではAnime Times、Lemino、U-NEXT、アニメ放題(Anime Hōdai)でも配信されている。

海外での配信先はCrunchyrollだけだ。新シーズンは2025年のAnime ExpoでCrunchyroll独占として発表され、同社は9月、「Anime Nights」の企画として米国の映画館で第1話を先行上映した。英語吹き替え版も予定されているが、今週の時点でCrunchyrollもぴえろも時期を明らかにしておらず、話数を公表したところもない。これは視聴の計画に関わる。吹き替え派はしばらく待つのが得策かもしれないし、字幕で見る人なら日本の放送をほぼリアルタイムで追いかけられる。

今シーズンが原作のどこまでを描くのかも確定していない。制作をめぐる報道の中には、原作の最終章の一つ手前の章をアニメ化するものだと伝えたものもあり、そうであれば最終章は次の機会に持ち越される。Anime Expoでのプレミア上映を伝えた別の報道は、残りの物語を一気に描き切ると見込んでいる。スタジオもプラットフォームも、この点にまだ決着をつけていない。

新シーズンを手がける顔ぶれ

制作は再びぴえろが担い、監督は種村綾隆(Ayataka Tanemura)が務める。種村はこの作品の新顔ではない。最初のシリーズの終盤にあたる第153話から第170話までを引き継ぎ、2023年にNetflixで全世界配信された劇場版『ブラッククローバー 魔法帝の剣』(Black Clover: Sword of the Wizard King)でも監督を務めた。これほど間が空いた復活劇としては珍しい継続性で、第2期の舵を取るのは、シリーズが強制的に止まるまで舵を握っていたのと同じ人物なのである。

主要スタッフは続投組と新たな顔ぶれの混成だ。シリーズ構成は大知慶一郎(Keiichiro Ochi)が担当し、キャラクターデザインには竹田逸子(Itsuko Takeda)が復帰、音楽も関美奈子(Minako Seki)が再び手がける。作品の見た目と音の手触りは、最初の放送からそのまま引き継がれることになる。メインキャストも戻ってくる。アスタ役の梶原岳人(Gakuto Kajiwara)を筆頭に、ユノ役の島﨑信長(Nobunaga Shimazaki)、ヤミ・スケヒロ役の諏訪部順一(Junichi Suwabe)、ノエル・シルヴァ役の優木かな(Kana Yūki)が名を連ねる。

主題歌は、ロックやポップのアーティストを起用してきたシリーズの慣例に沿う。オープニングはWANIMAの「消えない理由」(Kienai Riyū)、エンディングはONE OR EIGHTの「Yellow Brick Road」。日本の公式サイトは第1話を「開戦」と題し、「ページ171」と番号を振っている。小さな工夫だが、制作側が今シーズンをどう捉えているかがよく分かる。リブートではなく、同じ本の次の章なのだ。

おさらい:『ブラッククローバー』とはどんな物語か

予備知識なしで見る人のために言えば、設定は近年の少年漫画でも屈指の明快さだ。ほぼ誰もが魔法を持って生まれる王国で、アスタは魔力を一切持たない孤児である。彼は田舎の教会で、自分にないものをすべて備えた天才ユノと共に育ち、二人は幼い頃、クローバー王国最強の魔道士である「魔法帝」の座を競い合うと誓う。魔導書(グリモワール)を授かる日、ユノは希少な四つ葉の魔導書を手にするが、アスタに与えられたのは、反魔法の剣と、のちに明かされるように悪魔を宿した、ぼろぼろの五つ葉の魔導書だった。

アスタは魔法騎士団の中でも最も評判の悪い団「黒の暴牛」に入団する。団長はヘビースモーカーのヤミ・スケヒロ。仲間には、自身の膨大な魔力を制御できずに苦しむ王族ノエル・シルヴァがいる。シリーズの原動力は、才能に挑む努力だ。周囲が生まれつきできることができない少年が、意地と筋肉で応える。型としては古いが、田畠はそこに大勢の登場人物、緻密に描かれた階級社会、そしてじわじわと広がっていくライバル国の地図を与えた。

今シーズンの舞台となるスペード王国は、その地図の最後の一枚だ。この国の支配者たちが魔法騎士団の団長たちを捕らえ、最初のアニメが始めながら終えられなかった章は、彼らを取り戻す戦いを描く。第2期がすでに戦争のさなかから始まるのはそのためで、文の途中で断ち切られた物語を再開しているのである。

なぜ第170話で止まり、それでも「第2期」なのか

呼び名の混乱そのものが手がかりになる。本作は当初51話と告知され、そのまま新たな放送クールへと続いていった。配信サービスのカタログやファンのウィキは、その170話を複数のシーズンに区切っている。しかし制作側は、2017年の初回放送から2021年の最終話までを一つの連続したシリーズとみなしており、だから今回を第2期と呼ぶ。2021年の時点で、アニメは原作に追いついていた。

これこそ週刊ペースのアニメ化が抱える罠である。毎週放送されるテレビアニメは毎週素材を必要とし、作者が描くよりも速く原作を消費してしまうことがある。本作は一度スケジュールを崩されてもいた。2020年春、パンデミックに伴うスタジオの遅れで、第133話以降の放送が延期されたのだ。原作のストックが尽きかけるなか、ぴえろは物語を水増しするか止めるかという古典的な二択を迫られた。そして、止めた。

いま振り返れば当然の判断に見えるが、少年アニメの歴史の大半において、それは業界の標準ではなかった。番組が原作に追いついたときの伝統的な答えは、いわゆるアニメオリジナルの「つなぎ」だった。作者に時間を稼がせるため、スタジオが独自に書くエピソードや章である。ぴえろはその答えを誰よりもよく知っている。自社による『NARUTO -ナルト-』(Naruto)のアニメ化が、長いオリジナル展開に頼っていたからだ。『ブラッククローバー』を引き延ばさずに止めたのは、視聴者は作り物の寄り道に付き合わされて離れていくより、待つほうを選ぶという賭けだった。

原作はどう完結へたどり着いたか

その後、漫画のペースが変わった。田畠は2022年、版元の集英社(Shueisha)が「最終章」と呼ぶ展開の準備のため休載し、2023年に週刊少年ジャンプから季刊誌ジャンプGIGA(Jump Giga)へ移籍。最後の3話は、2026年5月に国内の書店に並んだ春号にまとめて掲載された。国内の単行本は全38巻を数える。

季刊誌への移籍は見落とされがちだが、原作と将来のアニメとの関係を変えた。週刊連載は7日ごとの引きのリズムで書かれる。季刊での発表は作者に長い構想期間を与える一方、漫画の刊行ペースを大きく落としたため、並走するアニメはもはや成り立たなかった。最終盤をアニメ化するには、物語の完結を待つしかなかったのである。

第2期の日本の公式サイトで、田畠は率直に語っている。漫画は完結を迎え、物語がいま再びアニメとして戻ってくる、と。かつてアニメが使い果たした素材はすべて出そろい、アニメ化チームは初めて、最後のページを手にしたうえで残りの物語の全話を設計できるようになった。

ぴえろ自身の前例:『BLEACH』がたどった道

スタジオぴえろには前例があり、それが第2期を理解する大きな手がかりになる。同じく週刊少年ジャンプの連載作をぴえろが長期にわたってアニメ化した『BLEACH』(Bleach)は、原作の連載が続くなか2012年に放送を終えた。原作は2016年に完結し、アニメは中断から10年後に『BLEACH 千年血戦篇』(Bleach: Thousand-Year Blood War)として復活。最終章を、終わりの見えない週刊放送ではなく分割クールで映像化した。

手法ははっきりしている。原作の完結を待ち、範囲の決まったアニメ化で戻り、制作を独立したブロックに分けて、スタジオが毎週の締め切りと競争しなくて済むようにする。『ブラッククローバー』第2期はこのモデルの複製ではない。分割クールも総話数も発表されていないからだ。それでも論理は同じである。ぴえろは長編少年漫画の結末を、終わりのない放送枠ではなく、範囲の決まったプロジェクトとして扱っている。

違いは空白の長さだ。『BLEACH』のファンは10年待った。『ブラッククローバー』のファンが待ったのは5年。田畠が早く描き終えたことに加え、アニメが『BLEACH』よりずっと原作の終盤近くで止まっていたことが理由である。

本当の進化は作画ではなくスケジュール

種村は、待った時間が何をもたらしたのかについて、珍しく具体的に語ってきた。Anime Expoでのプレミア上映の前後、監督は、しっかりしたスケジュールと新シーズンを作る資金を確保できたと話している。長寿テレビアニメがこの二つを同時に手にすることはめったにない。彼はまた、アニメ化は単にコマを写すべきではないと考える理由も説明した。漫画のページ数には限りがあり、それを1対1でアニメに移すだけでは、場面の迫力を伝えきれないというのだ。

その考え方は、今シーズンについて明らかになっている内容にも表れている。種村によると、第1話には原作になかった、団長たちがスペード王国の城に攻め込むシークエンスが加えられた。種村の説明では、田畠自身が監督に伝えた注文は、バトルをとにかくかっこよくしてほしいというものだったという。原作者がアニメオリジナルの要素にお墨付きを与えている事実は、両者がいかに密に連携しているかを物語る。

そこに水増しと拡張の境界線がある。水増しが生まれるのは、アニメが原作を追い越しそうになるからだ。拡張が生まれるのは、紙面で圧縮された場面をじっくり描く余裕が制作側にあるからだ。最初のシリーズは前者を心配しなければならなかった。完結した原作をアニメ化する第2期は、後者を選べる。その選択が報われるかどうかは、視聴者がそれぞれ1話ずつ判断していくことになる。疑いようがないのは、2021年当時よりも、それを実現する余地が制作側にあるということだ。

復活に対する最も強い反論

最も有力な反論は、毎週の勢いで成り立ってきたシリーズにとって、5年はあまりに長いというものだ。5年間姿を消した長寿番組はライトな視聴者を失い、戻ってくるのは熱心なファンになりがちである。すでに戦争が始まり、悪魔との協力関係は結ばれ、団長たちは捕らえられている。章の途中からの再開は、新規の視聴者に向けて、これはあなた向けではないと遠回しに告げているようなものだ。

物語面での反論もある。長編少年漫画はしばしば、自然な頂点を過ぎても続き、主人公が同じ目標を追い続けられるよう新たな敵を足していくと批判される。読者の間で繰り返されるのは、『ブラッククローバー』は最も個人的な対立をスペード王国編より前に解決しており、その後はアスタとユノの同じ競争をより大きな舞台に移しただけだという議論だ。これは田畠の漫画に対する評価であって、ぴえろのアニメ化に対する評価ではない。この春に原作を読み終えた読者なら、自分で見極められるだろう。

それでも長い待ち時間に意味がある理由

だとしても、核心にある事実は変わらない。中途半端な出発点は第2期が選んだものではない。最初のシリーズが止まらざるを得なかった場所に残った傷跡である。内容を語り直すか飛ばすかしない限り、制作側はほかの地点から始めることはできなかった。もう一つの道は、アニメファンが嫌というほど知っているものだ。足踏みで放送をつなぎ、待っていた物語がようやく届くまでそれを続けるアニメ化である。

新規の視聴者も見捨てられてはいない。テレビ東京、ぴえろ、エイベックス・ピクチャーズ(Avex Pictures)、少年ジャンプは第1話に先立ち、10分間の総集編をYouTubeで公開した。シリーズにはもともと、各話の冒頭に短いおさらいを入れる習慣がある。『魔法帝の剣』はハート王国編の前、半年間の時間跳躍の最中を舞台にしているため、宿題ではなくおまけとして楽しめる。

最も効率よく追いつくなら、総集編で要点を押さえ、最初のシリーズの最終盤、つまり種村自身が監督したエピソード群を見ればよい。そこがスペード王国との対立に直接つながっている。先を読みたい人はそうすることもできる。原作は最後まで出そろっており、『ブラッククローバー』の視聴者がそう言えるのはこれが初めてだ。

終わりのある『ブラッククローバー』が少年漫画のアニメ化に示すもの

より大きな教訓は、長編少年漫画がどうアニメ化されるかに関わる。連載中の漫画と毎週の放送が競走するモデルは、『ブラッククローバー』の170話と、パンデミックによる中断と、唐突な終了を生んだ。原作の完結を待ち、範囲の決まったシーズンと作画を監修できるスケジュールを携えて戻るモデルは、時間がかかり、ファンに何年もの沈黙を強いる。

スタジオとプラットフォームには、後者を好む理由がある。完結した原作があれば、総話数を計画し、決まった期間でスタッフを確保し、シーズンを放送枠ではなくイベントとして売り出せる。日本以外の全世界で今シーズンを配信するCrunchyrollのようなグローバル配信サービスにとって、終わりのはっきりしたイベント型のシーズンは、果てしなく続く毎週のシリーズより宣伝しやすい。Crunchyrollは新シーズンの発表に際し、一流の制作陣によってパワーアップしたアニメを約束する田畠のメッセージを紹介した。言い回しは宣伝文句だ。それを本当に実現しうるのは、種村が語るスケジュールのほうである。

視聴者にとっての現実的な意味は、第2期を進行中の議論ではなく、完結した主張として評価できるという点にある。スペード王国での戦争と、魔法帝の座をめぐるアスタとユノの最後の競争が胸に届くなら、それは水増しされた中盤抜きで、田畠が描いたとおりに届く。届かなかったとしても、もう原作のせいにはできない。

『ブラッククローバー』第2期:確定していること、まだ分からないこと

確定していること:10月3日(土)23時、テレビ東京での第1話放送。前述の地域で太平洋時間午前8時に始まったCrunchyrollでの配信。ぴえろによる制作と種村による監督。シリーズ構成・キャラクターデザイン・音楽を担う大知、竹田、関。続投するメインキャスト。主題歌を担うWANIMAとONE OR EIGHT。2026年5月に完結し、国内で全38巻となった原作。そして、捕らわれた団長たちを解放するためのスペード王国への突入を軸にした序盤の章。

まだ分からないこと:話数、英語吹き替え版の時期、そして今シーズンがどこまで進むのか。原作の最終章の一つ手前で止まるのか、アニメを最後のページまで運ぶのか。第1話の放送時点で、どれも決まっていなかった。答えを待つべき相手はCrunchyrollとぴえろだ。『ブラッククローバー』は5年をかけて、自らの結末を待った。今度は、それにふさわしい作品であることを示す番である。

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