映画

Netflix『ラブ・イン・スローモーション』ハヤがカメラにだけ告げる本心

Martha O'Hara

誰かが何年も、何も感じていないふりをして過ごしてきた部屋には、独特の見え方がある。灯りは暖かく、家具は見慣れ、ソファの向こうにはコーヒーの好みは知っていても脈拍は知らない親友が座っている。『ラブ・イン・スローモーション』は、その心地よく明るい罠の内側から始まる。主人公ハヤ自身がしつらえた罠だ。

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本作はアラビア語のロマンティックコメディで、題名が約束するとおりに進む。急がず、注意深く、遅れることに少し恋している。ハヤとジャワドは長く親友で、その友情はいわば住まいになっていた。やがてハヤは、そこに別の形で住みたいと気づく。だが言い出す前に、ジャワドは人気女優ゼイナとの婚約を発表し、スローモーションの内側に突然、時計が時を刻み始める。

この設定が茶番に転がり落ちるのを防ぐのが、本作の中心的な選択だ。ハヤ自身に語らせること。彼女はジャワドを取り戻す作戦を始め、その一部始終を動画日記に記録する。周囲が彼に直接告げさせてくれないから、カメラに向けて続けられる告白だ。喜劇的な仕掛けであり、作品はそこから笑いを引き出すが、それは同時に本作の本当の主張でもある。世界が声に出して生きることを許す前に、一人の女性が自分自身の恋物語を書ける場所。妹ダラルと叔母が共犯者として加わる。

アラビア語作品を経てNetflixに戻ったヌール・アルガンドゥールは、ハヤの二重の音域を担う。表面の輝きと、その下の計算。言うまでにあとどれだけ時間が残っているかを数える静かな声だ。アリ・カクーリ演じるジャワドは、その鈍感さが物語の原動力であると同時に小さな残酷さでもある友人だ。不注意なのではなく、心地よくいる。そのほうがたちが悪い。ゼイナを演じるノハ・ナビルは、地位をめぐる不安を持ち込む。恋敵は悪役ではなく、ハヤがまだ整える時間があると思い込んでいた人生の、より読み取りやすい版なのだ。

冗談の下には、湾岸のロマンティックコメディが何度も立ち返る問いがある。女性の時間のうち、どれだけが本当に彼女のものなのか。ハヤの問題は、望むものがわからないことではない。正確にわかっている。ただ、それを声に出して望むための窓が狭い。婚約は、窓を素早く閉ざす公的な事実の一つだ。結婚が知らせになり、家族が二人と同じくらい入念に暦を読む世界では、なおさらに。

監督のエリ・エル・セマーンと脚本のエヤド・サレは、音域を家庭的に、賭け金を親密に保つ。大きな見せ場はなく、あるのは待った女性のふくらんでいく仕掛けだけだ。効いている職人の選択は抑制である。作戦をどたばたにまで膨らませることもできたし、その誘惑と戯れもするが、いつもより小さく、より真実の拍子に戻ってくる。カメラと二人きりのハヤだ。ゆっくりさは本作の調子であり主題でもあり、やがて題名は気分であることをやめ、診断になる。

本作が本当に立っているのはその転回の上だからだ。ゆっくりさは、選択であるときには甘く、習慣であるときには宣告になる。『ラブ・イン・スローモーション』は結局、その違いについての物語だ。喜劇は本物で、結末はこのジャンルが負うものを返す。それでも作品は最後まで第二の問いを開いたままにする。ハヤがジャワドを手に入れるかどうかではなく、遅れて口にした告白が何を取り戻せて、何を取り戻せないのか。友情を守るために費やした年月こそが本当の主題であり、どんな終盤の疾走もそれを返しはしない。

予告編から当然の疑問を抱いて来た人へ。いいえ、実話ではない。Eagle Filmsによるオリジナルのアラビア語ロマンティックコメディで、同スタジオとNetflixの三度目のラブコメ協業だ。ヌール・アルガンドゥールとアリ・カクーリが主演し、時計を動かす婚約者をノハ・ナビルが演じる。『ラブ・イン・スローモーション』は2026年7月23日にNetflixで世界配信。アラビア語・字幕付きで、プラットフォームの2026年アラビア語ラインナップの一つだ。

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