俳優

デイビッド・アッテンボローが100年かけて語ったこと:自然への愛と、それだけでは足りないという気づき

Penelope H. Fritz
デイビッド・アッテンボロー
デイビッド・アッテンボロー
Photo via The Movie Database (TMDB)
生年1926年5月8日
Isleworth, Middlesex, England
職業テレビ司会者、博物学者、ドキュメンタリー映画製作者
代表作デヴィッド・アッテンボロー: 地球に暮らす生命, その年、地球が変わった, A Zed & Two Noughts
受賞英国アカデミー賞 · Knight Commander of the Order of the British Empire (KBE, 1985) · Order of Merit (OM, 2005) · エミー賞 · Stephen Hawking Medal

変化は少しずつ訪れ、そして突然だった。キャリアの大半において、デイビッド・アッテンボローとは、ムクドリの群れや夜明けに浮上するクジラを映し出し、警告を一切加えずにただその驚異と向き合わせてくれる人物だった。彼は後に自ら言ったように「レポーター」であった。何が存在するかを伝えるのが仕事であり、私たちがそれに何をしているかを論じることではない、と。

それが変わった。2020年、証言の映画が公開されたとき、60年かけて自然を抗いがたいものにしてきたその人物は、自分が見せてきたものが消えつつあり、その消滅は偶然ではないと訴えていた。

彼はレスター大学のキャンパスで、学長の息子として育った。ケンブリッジのクレア・カレッジで自然科学を学んだが、その活躍の場となったのは実験室ではなくBBCだった。1952年に入局し、2年も経たないうちに Zoo Quest の司会者として画面に登場するようになった。

その賭けが生んだのが1979年の「地球の生命(Life on Earth)」だ。進化を13回にわたって描いた本作は、自然史ドキュメンタリーの可能性を塗り替えた。世界中で推定5億人が視聴した。「プラネット・アース(Planet Earth)」(2006年)は、BBCの自然史部門が長年夢見ていたものをついに映し出した。エミー賞を4部門で受賞し、100カ国以上に販売された。

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2017年の「ブルー・プラネット II(Blue Planet II)」が転機となった。プラスチック汚染によって死んだとみられる子を抱えたメマゴンドウのクジラの映像は、編集コメントを一切加えずに放映されたが、BBCが環境問題に関して過去最大規模の視聴者反響の一つを記録した。

Ocean with David Attenborough(2025年)は、99歳の誕生日に合わせて世界同時公開された。ブルー・プラネット III(Blue Planet III)はBBC Oneで2026年秋の放映が確定している — 彼の生誕100周年の年に。5月8日に100歳を迎えた。

妻のジェーンは1997年に他界した。アッテンボローについて最も多くを語ってきたのは、アッテンボロー自身だ——何を見せることを選び、いつ語ることを決意したかという積み重ねのなかに。

2026年5月のロイヤル・アルバート・ホールでの式典は「David Attenborough’s 100 Years on Planet Earth」として放映され、ウィリアム皇太子のほかオリビア・コールマン、ジュディ・デンチ、マイケル・ペイリンらが集った。寄生バチの一種が彼にちなんで命名された——Attenboroughnculus tau。ブルー・プラネット IIIはまだ来ていない。この問いかけは、まだ終わっていない。

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