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史上最悪の隣人――Netflixの実録犯罪シリーズが隣家のフェンスを越えていく

Liv Altman

どんな防犯の助言も口にしない相手が一人だけいる。私たちは世界に向けて鍵をかけるが、世界は敷地の境界で終わると思い込んでいて、その向こうに立つ人影はただの隣人だ。地域の暮らしが「顔見知り」という引き出しに収める相手であり、顔見知りはたいてい安全を意味する。『史上最悪の隣人』は四つのエピソードを費やしてまさにその書類を引き出し、言葉が思っていた意味を失うまで声に出して読み上げていく。

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本作はBlumhouse TelevisionとITV Americaが手がけたNetflixの実録犯罪ドキュメンタリーであり、無害だと信じている関係を順に解体してきたシリーズの三作目にあたる。まずは同居人、次に元交際相手、そして今回は隣人だ。独立した四つのエピソードはそれぞれ、当事者の証言、警察の実際のボディカメラ映像、アニメーションによる再現で一つの事件を組み立て、その内容は周到な詐欺から暴力的な報復にまで及ぶ。

四つの物語をつなぐのは犠牲者の数ではなく、一本の線だ。地図上に引かれた境界線である。どの事件も、敷地の境、共有の進入路、数センチずれたフェンスから始まり、その線がやがて裁判所が名前を与えねばならない何かへと変質していく様子を見つめる。アニメーションこそ本作の方法論の表明だ。カメラが回っていなかった場所――近隣どうしが書き置きや視線、わずかな越境で進める、誰かが緊急番号を押すずっと前の、ゆっくりと私的な激化――に、それは入り込む。

この選択は、本作をこのジャンルが今立っている位置にぴたりと据える。十年に及ぶ配信の実録犯罪は、視聴者を制度の解剖に慣れさせてきた。実を結ばなかった通報、誰も守らなかった接近禁止命令、介入する機会をいくらでも持っていた仕組み。『史上最悪の隣人』はその文法を受け継ぎ、住宅地へと移す。そこで機能不全に陥る制度はもっと小さく、もっと身近だ。住民組合、緊急用ではない番号、通行権は解決しても遺恨はそのまま残す民事訴訟。

シリーズの文脈は重要だ。それこそが本作の超えるべき期待だからである。前作から来た視聴者はそのリズムを知っていて、問いは、隣人トラブルが同居人や元恋人のような親密さなしに同じ不安を支えられるか、という点にあった。答えはこうだ。親密さを欠いた近さは、それ自体が固有の恐怖である。あなたはこの相手を選んでいないし、立ち去ることもできず、法は二つの玄関のあいだの数メートルを安全の問題ではなく書類の問題として扱う。脅威は隣人が侵入することではない。すでに、永続的に、そこにいたということだ。

Worst Neighbor Ever - Netflix
Worst Neighbor Ever: Season 1. Cr. NETFLIX © 2026

本作が解けないのは、どんな書式にも欄のない部分だ。判決は事件を閉じ、図面は境界をセンチ単位で確定する。だがそのどちらも、まず隣の窓を確かめずに自分の庭に立つという、ありふれた感覚を家族に返してはくれない。それこそ『史上最悪の隣人』が意図的に開いたまま残す問いであり、判決がそれに答えられるふりを本作はしない。

『史上最悪の隣人』全四話は、2026年7月1日にNetflixで一挙配信される。

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