映画

『Anora』――電撃的な化学反応が光る、骨太なシンデレラ物語

Martin Cid
Googleで追加する

ショーン・ベイカー監督作『Anora』の冒頭は、鮮烈な対比を見せつける。マイキー・マディソン演じるアニが、重低音を心臓の鼓動のように響かせるネオン輝くステージで、ラップダンスを披露しながら颯爽と歩く。カメラは自信に満ちた足取りを追い、客たちの視線が重くのしかかるなかでも、彼女が空間を支配する姿を映し出す。軽妙なドタバタ劇仕立てのシンデレラ物語の幕開けとして、見事に作品のトーンを定める場面だ。粗削りな現実と華やかさを、肩の力の抜けた巧みさで両立させている。

『The Florida Project』や『Tangerine』のような、生々しく人物描写を軸に据えたドラマで知られるベイカーは、本作でロマンティック・コメディへと大胆に舵を切る。しかし『Anora』は、彼の得意分野から外れた作品にはまったく感じられない。滑稽さと真実味を融合させる力こそ、本作の強みだ。マディソンの演技はとりわけ光り、あまりに突飛な展開にも、確かな脆さと粘り強さを与えている。アニは、たくましさと憧れが複雑に入り交じった人物だ。自分なりのやり方で世の中を渡る術を身につけながら、もっと大きな夢を見ることも恐れない女性なのである。

YouTube video

マディソンと、イヴァンを演じるマーク・エイデルシュテインの相性は抜群だ。めまぐるしく進む恋は、うっとりするような瞬間と現実離れした展開の間を揺れ動く。ふたりが初めて出会う大晦日のパーティーは、きらめく装飾とシャンパンが渦巻く空間。人であふれる部屋の向こうで視線を交わすふたりを、カメラが素早く捉えていく。ベイカーは若い恋のせわしない熱気を、肌で感じられるほどの臨場感で描き、ラスベガスでの衝動的な駆け落ちを、スリリングでありながら避けがたいものに見せている。

脇を固める俳優陣が加えるブラックユーモアも、本作がメロドラマに傾きすぎないための厚みになっている。イゴール役のユラ・ボリソフとトロス役のカレン・カラグリアンは、とりわけ印象的だ。手下役に乾いた機知を吹き込み、作品のより深刻なテーマとの鮮やかなコントラストを生み出している。アニとイヴァンのオリガルヒ一族との緊張関係は、ベイカーらしい社会批評の見せ場だ。富と権力の力学を容赦なく批判しながら、コメディとしての切れ味も損なわない。

とはいえ、『Anora』にもつまずきはある。第2幕では、イヴァンの友人や家族をめぐる複数のサブプロットを物語が抱え込み、テンポがやや乱れる。こうした筋立てはベイカーが築く世界に奥行きを加える一方で、ときに中心となる恋愛物語から注意をそらしてしまう。また、特にアニのセックスワーカーとしての過去にまつわる暗いテーマは、予想するよりも軽いタッチで扱われている。トロスが婚姻無効のためにアニへ1万ドルを提示する場面は緊迫感があるものの、そうした取引がもたらす心の痛みを、さらに深く掘り下げる余地があった。

それでも、『Anora』は映像の美しさが際立つ作品だ。ベイカーは色彩と照明を巧みに使い、ニューヨークをそれ自体がひとつの登場人物であるかのように描き出す。ブライトンビーチを染めるネオンの光は、イヴァンの邸宅の豪奢な室内と鮮烈な対照をなし、アニの世界と彼女が足を踏み入れた世界の隔たりを浮かび上がらせる。ロシア民謡と現代的なビートを織り交ぜたサウンドトラックは、要所の場面を的確なリズムで引き立てる。なかでもラスベガスの一連の場面は圧巻だ。ネオンの輝きと混沌とした熱気が、アニとイヴァンの無鉄砲な恋を映し出している。

本作のテーマは豊かで、多面的だ。『Anora』の核心にあるのは、自らの意思と自律をめぐる物語であり、女性が権力と特権の仕組みのなかをどう生き抜くのかを描いている。アニの歩みは、自分に向けられる社会の期待や、人生に関わる男性たちの期待と向き合いながら、自分自身を見つけていく旅でもある。また、愛と階級の複雑さにも踏み込み、富や地位がしばしばルールを決める世界で、真のつながりとは何かを問いかける。

ベイカーの過去作と比較されるのは避けられないが、『Anora』は独自の個性を確立している。周縁に置かれた人々に焦点を当て、ありふれた日常のなかに美しさを見いだすという監督らしさを受け継ぎながら、ロマンスとコメディを融合させ、新たな領域にも踏み出した。幅広いジャンルに挑みつつ、独自の語り口を保てることを示した本作は、映画作家としてのベイカーの多才さを証明している。

『Anora』は、心を揺さぶる感動と大笑いの両方を恐れずに目指した作品だ。繊細なバランスを見事に保つ、めったに出会えない一作である。弱い立場に置かれた人々へのラブレターであり、しなやかに立ち上がる力への賛歌であり、私たちを支配しようとする仕組みへの痛烈な批判でもある。

キャスト

写真:The Movie Database (TMDB)

タグ: , , , , ,

Googleで追加する

ディスカッション

0件のコメントがあります。