映画

The Real Housewives of Beverly Hills――本物らしさよりも過剰さを追求

Liv Altman
Googleで追加する

The Real Housewives of Beverly Hillsの冒頭は、手つかずに見えるほど清潔なキッチンの大理石のカウンターを、ゆっくりと映し出すところから始まる。冷たく輝くその表面が、シリーズ全体の空気を決定づけている。見た目は細部まで周到に整えられ、ドラマまでがカイル・リチャーズのディナーパーティーのように入念に演出される世界だ。

Bravoが2010年に制作した、The Real Housewivesシリーズ第6弾となるRHOBHは、ビバリーヒルズに暮らす裕福な女性たちの日常を追う。第1シーズンには、テイラー・アームストロング、カミーユ・グラマー、エイドリアン・マルーフ、姉妹のキム・リチャーズとカイル・リチャーズ、そしてリサ・ヴァンダーパンプが登場した。このシリーズを同フランチャイズのほかの作品と際立たせているのは、過剰さを臆することなく受け入れている点だ。それは視聴者を魅了する一方で、反発も招いている。

この番組の持ち味は、富の実態と、そこから生まれる人間関係を飾らずに描くところにある。華やかな邸宅、デザイナーブランドの服、そしてお金に困らないからこそ起こるような些細な言い争いが、第1シーズンでは見ごたえのある形で組み合わされていた。出演者たちのやり取り、とりわけカイルと姉妹のキムとの緊張をはらんだ関係には、確かな緊迫感と感情的な重みがあった。ヴァンダーパンプの辛口な機知も番組に面白みを加え、その存在感を際立たせている。

しかし、これほどきらびやかな番組でありながら、RHOBHはドラマとリアリティーのバランスを取ろうとして、しばしばつまずく。作り込まれた対立に頼る展開は、ときに見ていて疲れる。より自然な物語を見せるほかのリアリティー番組と比べると、なおさらだ。出演者が頻繁に入れ替わり、突然番組を去る人がいる一方でシーズン途中から加わる人もいるため、物語の連続性や人物の成長が損なわれている。こうした不安定さのせいで、視聴者が物語に感情移入するのは難しい。

シリーズはテンポの面でも苦戦している。延々と続くショッピングのモンタージュや、イベントに向けて女性たちが支度をする長すぎる場面など、不要に思えるシーンに時間をかけ、エピソードがしばしば間延びする。こうした場面はビバリーヒルズを象徴する豪華さを見せてくれる一方で、勢いをそぎ、実際以上に番組を長く感じさせてしまう。

欠点はあるものの、RHOBHは、ほとんどの視聴者が決して経験することのない世界をのぞき見させることで、リアリティー番組の中に独自の居場所を築いてきた。富の実態や、それに伴う社交上の駆け引きを臆せず描くことで、ドラマがときに作り物めいて見えても、目を引く番組に仕上がっている。Vanderpump RulesとVanderpump Dogsという2本のスピンオフを成功させたことも、この番組が長く支持されている証しだ。

出演者たちの見せ場には、当たり外れがある。カイル・リチャーズはシリーズに地に足のついたリアリティーをもたらし、混乱の中でしばしば感情面のよりどころとなる。姉妹のキムとの関係は、番組の中でも数少ない本当に見ごたえのある人間関係のひとつだ。解消されない緊張と、家族ならではの複雑さが詰まっている。リサ・ヴァンダーパンプの辛口な英国風ユーモアは、番組に欠かせない軽やかさを加える。一方、リサ・リンナの歯に衣着せぬ率直さは、磨き上げられた雰囲気を切り裂くような生々しさをもたらす。

とはいえ、どの出演者も同じように見応えがあるわけではない。エリカ・ジラルディの大げさな振る舞いは、少しなら楽しめるものの、見続けるうちに鼻につくことがある。ドラマチックに声を荒らげたり、自分を大きく見せようとしたりする姿が、ほかの出演者たちの繊細なやり取りを覆い隠しがちだ。同じように、ドリット・ケムズリーが頻繁に口にする「ファビュラス!」も、最初は面白いものの、やがてお決まりの繰り返しに感じられてくる。

演出はかなりオーソドックスで、革新的な撮影や編集はほとんど見られない。出演者がカメラに向かって語るトーキングヘッドや告白形式の場面は、リアリティー番組では定番だが、RHOBHはそれらに頼りすぎることが多い。映像で物語を創造的に語る工夫が乏しいため、シリーズの展開はほぼ全面的に出演者たちに委ねられている。

テーマの面では、RHOBHは富の表層性と、それに伴う孤独を掘り下げる。番組に登場する女性たちは贅沢に囲まれているが、その暮らしには孤独や嫉妬、そして絶えず承認を求める気持ちがつきまとう。この矛盾はシリーズの興味深い側面のひとつであり、裕福であることの本当の代償とは何なのか、視聴者に問いかける。

ところが、こうしたテーマの掘り下げは、番組自身の過剰さによってしばしば弱められてしまう。豪華さを見せつける演出が、必要以上に感じられることもあり、そこに込められた深いメッセージを真剣に受け止めにくくなる。見世物としての華やかさと中身の充実を両立できずに苦しむこの矛盾は、シリーズを通して繰り返される問題だ。

The Real Housewivesシリーズのほかの作品と比べると、RHOBHは極端な富と、それに伴う独特な社交の力学に焦点を当てている点が際立つ。The Real Housewives of New York CityやAtlantaのような番組が、より地に足のついた富の描写を見せるのに対し、RHOBHはファンタジーの要素を前面に押し出し、より現実逃避的な体験を提供する。

結局のところ、The Real Housewives of Beverly Hillsは、見世物としての華やかさは期待に応える一方、中身の面では物足りなさが残る、後ろめたさも含めて楽しむタイプの番組だ。富の実態や、それに伴う社交上の駆け引きを臆せず描くことで、ドラマがときに作り物めいて見えても、見ごたえのある作品に仕上がっている。

出演者

写真:The Movie Database (TMDB)

タグ: , , ,

Googleで追加する

ディスカッション

0件のコメントがあります。