ビジネスと金融

藤田晋、社長を退いても存在感が増す理由 ABEMA、町田ゼルビア、フォーエバーヤング

Penelope H. Fritz
Googleで追加する
藤田晋
藤田晋
Photo: 映画世界社Eiga Sekaisha Ltd. / Public domain, via Wikimedia Commons
生年1973年5月16日
Sabae, Fukui, Japan
職業サイバーエージェント創業者・代表取締役会長
受賞ヤング・グローバル・リーダー · 麻雀最強王決定戦優勝

10月最後の土曜日、エビの刺繍が入ったワインレッドの勝負服をまとった馬が、ブリーダーズカップ・クラシックのディフェンディングチャンピオンとしてキーンランド競馬場のダートコースに姿を現す。馬主の藤田晋は、東京を拠点とするインターネット企業グループ、サイバーエージェントの成長に人生の大半を費やしてきた。同社は動画配信サービスのABEMAやゲームスタジオのCygamesを擁する。藤田は今、日々の経営を担ってはいない。社長在任中、その名を知る日本国外の人はほとんどいなかった。だが、フォーエバーヤングがアメリカの競馬場で米国の古馬トップクラスを破ると、その名は一気に広く知られることになった。

この逆転劇こそ、藤田という人物を知るうえで最もわかりやすい入り口だ。日本企業にネット広告を売り込んだ創業者は、学生時代から抱き続けてきた個人的な情熱のほぼすべてを、事業や放送、あるいは会社のマーケティングへと転換してきた。麻雀は、自らのプラットフォームで配信するプロリーグになった。サッカーは、自らが所有し、会長を務めるクラブになった。競馬からは、今や自社スタジオが手がけるゲームのキャラクターとしても登場するチャンピオンホースが生まれた。それが戦略なのか、道楽なのか。株主たちが何年も問い続けてきたこの問いへの答えは、時とともに変わってきた。

藤田は1973年5月16日、福井県鯖江市に生まれ、高校を卒業するまで同地で暮らした。父は繊維・化粧品グループのカネボウに勤める会社員で、藤田は、父のような会社員になることだけは避けたいと考えていたと語っている。音楽で成功するという10代の計画は、才能が足りないと判断した高校最終学年のときに断念した。東京の青山学院大学で経営学を学んだ藤田は、麻雀にのめり込むあまり留年。桜井章一の雀鬼会で修業を積み、プロになることも真剣に考えていた。

結局、藤田は就職を選び、1997年に人材会社のインテリジェンスに入社したが、1年もたたずに退社した。サイバーエージェントは1998年3月、インターネット広告の販売を目的に創業。2年後には東京証券取引所のマザーズ市場に上場し、当時26歳の藤田は、同市場で会社を上場させた最年少の人物となった。この時期について、藤田は2005年に出版した告白的な回想録、渋谷ではたらく社長の告白に綴っている。

広告が会社の支払いを支え、やがて成長の原動力となったのはゲームだった。サイバーエージェントは2011年にCygamesを設立し、その10年後、同スタジオは実在する日本の競走馬を、トレーニングやレースに励むアニメの少女として描くウマ娘 プリティーダービーをリリースした。2025年9月期、ゲーム事業の営業利益は約600億円に達した。2015年、藤田はテレビ朝日の早川洋とともにAbemaTVを立ち上げた。酒を酌み交わすうちに親しくなった相手だという。無料の動画配信サービスは翌年にスタートした。

藤田を批判する声が最も強くなるのも、ABEMAをめぐってだ。およそ10年にわたって赤字が続いたが、藤田はいつ黒字化するのか明言せず、その穴をゲーム事業や広告事業の利益で埋めてきた。サイバーエージェントのメディア&IP事業が営業黒字を計上したのは、同じ2025年9月期が初めてで、利益は約73億円だった。藤田は業績発表時、「立ち上げ以来、大きな赤字をつぎ込んできた」と語った一方で、会社は翌期の連結営業利益が減少するとの見通しを示した。すべての賭けが、正当性を証明できるまで存続したわけではない。2013年にプロデューサーの秋元康、出版社の見城徹と立ち上げた女性誌は、3億4200万円の赤字を出し、2年後に売却された。サッカーへの最初の進出も、2006年から東京ヴェルディを運営する会社の副社長を務めたものの、成績不振が2シーズン続いた後に撤退している。画面の中では、経営者とファンの境目も曖昧になる。藤田はかつて、ABEMAで配信された1年間のプロ麻雀リーグに、主催者であり唯一のアマチュア選手として出場し、2位で終えた。その結果、社長はまったく仕事をしていないのではないかと考えた視聴者もいたと、本人は認めている。

サッカーは、藤田にとって再挑戦の機会となった。2018年10月、サイバーエージェントはFC町田ゼルビアを運営するゼルビアの株式80%を約11億円で取得。2022年12月には藤田が社長兼CEOに就任した。クラブは、高校サッカー部を何十年もかけて築き上げた指導者、黒田剛を監督に招聘。町田は2023年にJ2で優勝し、J1初挑戦のシーズンを3位で終えた。成功は反発も招いた。2024年10月、クラブは選手や監督を攻撃するSNS投稿をめぐって刑事告訴し、弁護士は、名誉毀損にあたる新たな書き込みが1日に1000件を超えることもあったと語った。藤田はこれをいじめになぞらえた。その1年後、町田はヴィッセル神戸を3対1で破って天皇杯を制し、クラブ初の主要タイトルを獲得。2026年4月にはAFCチャンピオンズリーグ・エリート決勝に進出したが、延長戦の末にアル・アハリに敗れた。

すべての根底には麻雀がある。藤田は2014年に麻雀最強戦で優勝し、2018年7月には、試合をABEMAで配信するプロリーグ、Mリーグの初代チェアマンに就任した。現在も会長を務めている。

最後に始めた競馬は、最も遠くまで進んだ。藤田は2021年7月に日本中央競馬会から馬主資格を取得した。その前の5月にはディープインパクト産駒の牡馬を4億7010万円で落札し、同年夏のセレクトセールでは18頭を総額23億6700万円で購入。ウマ娘 プリティーダービーをきっかけに競馬に恩返しがしたいと語っていた。矢作芳人厩舎のフォーエバーヤングは2025年2月にサウジカップを制し、同年11月には日本産・日本調教馬として初めてブリーダーズカップ・クラシックを制覇。デルマー競馬場でシエラレオーネを半馬身差で抑えた。2026年2月にはサウジカップを再び制し、同じ月にCygamesは同馬のゲーム内キャラクター化を発表した。藤田は、馬主になった日から、自分の馬がウマ娘になることを目標にしていたと語った。9月には、改修を終えたベルモントパーク競馬場でジョッキークラブゴールドカップを勝利した。

サイバーエージェントの経営交代は、早い段階から予告されていた。藤田は2023年、社内から後継者を選んで会長に就く考えを明らかにし、2025年12月12日、2006年に新卒入社し、子会社のCyberZを創業した山内隆裕が社長に就任した。藤田は代表取締役会長であり、筆頭株主でもある。計画では、山内は2027年までに自身の長期ビジョンを示し、2029年までに社長業の大部分を引き継ぐことになっている。藤田は今もAbemaTVとゼルビアの社長を務める。2004年に俳優の奥菜恵と結婚し、2005年に離婚。2009年に再婚した。

次の大一番は、10月31日にキーンランド競馬場で行われるブリーダーズカップ・クラシックだ。フォーエバーヤングは本命として出走する。その後に待つ、より難しい試練は、もっと静かなものだ。山内のもとで、サイバーエージェントは創業者が事業へと変えた情熱に、これからも投資し続けるのだろうか。

タグ: , , , , ,

Googleで追加する

ディスカッション

0件のコメントがあります。