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西川貴教、T.M.Revolutionという「もう一人の自分」と30年張り合い続ける歌手

Penelope H. Fritz
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西川貴教
西川貴教
Photo: 環境省エコジン / CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
生年1970年9月19日
日本滋賀県彦根市
職業歌手、作詞家、声優
受賞滋賀県文化功労賞 · 野洲市民栄誉賞

香港のAsiaWorld-Expoで開かれたある夜の公演で、西川貴教(Takanori Nishikawa)は、出演者が自分ひとりというステージのヘッドライナーを務めた。公演のタイトルはExciting Match Takanori Nishikawa vs T.M.Revolution。一方には西川貴教名義で歌う本人、もう一方には、日本で30年にわたって親しまれてきたステージ上の分身が並んだ。この趣向は、笑い話であると同時に、現実の問題を映し出している。西川はキャリアの半分を、自分が演じるキャラクターを超えた存在になろうと費やしてきた。それでも観客が選び続けるのは、そのキャラクターなのだ。

日本のポップ界で、これほど過去を目に見える形で背負っている人物は多くない。T.M.Revolutionは「Takanori Makes Revolution」の略で、シンセポップバンドTM Networkへの目配せを込めた名前だ。さらに、勢いのある華やかなダンスロックのヒット曲、アニメ主題歌、そしてHOT LIMITで着用した黒いビニールスーツというステージ衣装が結びつき、今も一目でわかる存在となっている。一方、西川貴教名義では、自ら作詞に加わり、共演者を選び、衣装をまとったキャラクターではなく、現役の歌手として自分を打ち出している。

西川は1970年9月19日、滋賀県彦根市に生まれ、近隣の野洲市で育った。公務員の家庭で、家族に音楽関係者はいなかった。ラジオで洋楽に触れ、中学時代にはコピーバンドのフロントマンを務めた。バンド活動や長髪をめぐって教師とたびたび衝突し、野洲高校を卒業前に中退。その後、大阪の音楽スクールで、ヴィジュアル系バンドLuis-Maryのメンバーと出会った。西川はHaine名義でボーカルを担当し、バンドは1991年にメジャーデビューを果たしたが、1993年に解散した。

再起のきっかけを作ったのは、キーボーディストでプロデューサーの浅倉大介だった。浅倉は1995年のシングルBLACK OR WHITE?で西川の歌声を起用し、続いて彼を中心にソロプロジェクトを立ち上げた。T.M.Revolutionは1996年5月13日、独裁 -monopolize-でデビュー。同年後半には、HEART OF SWORD ~夜明け前~がアニメるろうに剣心のエンディングテーマとなり、以降の活動を形作るアニメとの結びつきが始まった。HIGH PRESSUREは1997年に約80万枚を売り上げ、WHITE BREATHはミリオンセラーとなり、オリコン初の1位を獲得。アルバムtriple jokerは約200万枚を売り上げ、1998年6月発売のHOT LIMITは2作目のチャート1位を記録した。西川は両年ともNHK紅白歌合戦に出場し、1999年には東京ドームで2夜連続公演を行った。

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その後、西川はキャラクターを封印しようとした。1999年にT.M.Revolutionの終了を発表し、浅倉とともにデュオ「the end of genesis T.M.R.evolution turbo type D」として活動を再編したが、2000年4月までには旧名義に戻っていた。2002年にはセルフプロデュースを始める。同じ年、福田己津央監督から機動戦士ガンダムSEEDの第1期オープニングテーマを依頼された。INVOKE -インヴォーク-はオリコンチャートで2位を獲得し、続編Mobile Suit Gundam SEED Destinyのために書かれたignited -イグナイテッド-は、2004年に西川を再び1位へと押し上げた。西川は両シリーズでパイロット役の声も担当し、その一人であるハイネ・ヴェステンフルスのファーストネームは、かつてLuis-Maryで使っていた名義に由来する。ガンダムをきっかけに、2003年には北米初公演としてボルティモアのOtakonに出演。2005年にはロックバンドabingdon boys schoolを結成し、2009年にはヨーロッパツアーを行った。

地元では、ポップ歌手が引き受けることの少ない地域貢献の役割も担った。2008年、滋賀県は西川を初代「滋賀ふるさと観光大使」に任命。2009年には草津市の琵琶湖畔で、県内初の大規模野外音楽フェスティバル「イナズマロック フェス」を立ち上げ、以来毎年開催している。2013年には水樹奈々とともに、アニメValvrave the Liberatorの楽曲Preserved Rosesと革命デュアリズムを歌った。また舞台では、ミュージカルHow to Succeed in Business Without Really TryingとRock of Agesの日本公演で主演を務めた。

もうひとつの名義が登場したのは、47歳の誕生日だった。2017年9月19日、西川はAAAの末吉秀太と組んだBIRI x BIRIを西川貴教名義でリリース。2018年以降は自身の名前を主軸に据え、2019年にはアルバムSINGularityを発表し、J of LUNA SEAとのREAL×EYEZはKamen Rider Zero-Oneの主題歌となった。2021年12月には、原神の荒瀧一斗役で日本語ボイスを担当。ソロ名義でのヒットが生まれたのは2024年1月のことだ。小室哲哉が作詞・作曲・プロデュースを手がけ、西川貴教 with t.komuro名義で発表されたFREEDOMが、機動戦士ガンダムSEED FREEDOMの主題歌となった。映画はガンダム劇場作品の興行収入記録を塗り替え、楽曲もオリコン週間デジタルシングルランキングで2週連続1位を獲得。西川貴教名義での3枚目のアルバムSINGularity III -VOYAGE-は、2025年3月に続いた。

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こうした成功は、同時にこのやり方の限界も浮き彫りにする。今も広く歌い継がれるT.M.Revolutionの楽曲の多くは、作詞家の井上秋緒が詞を書き、浅倉が作曲と編曲を担当してきた。つまりソロプロジェクトは、西川が歌声とイメージ、そして度胸を担うパートナーシップだった。2000年代に西川を再浮上させたアニメとのつながりは、彼をその枠内に囲い込むことにもなった。2026年2月の炎炎ノ消防隊のためのIgnis -イグニス-から、最新のロボットアニメのテーマ曲まで、近年のシングルはほぼすべてシリーズ作品と結びついている。そうした世界の外で多くの人が知っている曲といえば、今もビニールスーツ姿で歌った1998年の楽曲だ。1999年に試みたキャラクター引退は1年ほどしか続かず、27年後の今も、より大きな集客力を持つのはそのキャラクターである。西川は、その対立を人前で演じることで答えを出そうとしてきた。

デビュー30周年の年は、その二面性をひとつのプログラムへと変えた。香港公演は2026年1月10日に開催された。7月10日には、T.M.RevolutionとしてYouTubeチャンネルTHE FIRST TAKEに出演し、衣装を作り直してHOT LIMITを披露。動画は公開から3日で1,000万回再生を突破し、同チャンネル史上最速の記録となった。この機会に、西川は浅倉と井上の名前を挙げて感謝を伝えた。7月以降はT.M.Revolutionの復活ツアーを2本開催する一方、自身の名義ではZeppホールを巡るツアーREWIND of VOYAGE trAnsItを行っており、10月29日にはZepp DiverCity Tokyoで公演する。9月には、西川が立ち上げたフェスが新名称「FEST. INAZUMA」として草津に戻ってきた。さらに10月4日には、TeddyLoidと共作した残響≠ブラスターを、Good Smile Companyのロボットアニメ獣王武神ダンデヴァインのオープニングテーマとしてリリースした。

西川は1999年から2002年まで、デュオPuffyの吉村由美と結婚していた。2020年8月には、芸能界とは関係のない女性と結婚。滋賀県からは2020年度の文化功労賞を贈られ、育った町である野洲市からも2024年11月に市民栄誉賞を授与された。

次の予定もすでに決まっている。香港公演は12月2日にBlu-rayとDVDで発売され、復活ツアーは2027年まで続く。12月19日には、横浜の「お城EXPO」で滋賀県の観光キャンペーンに関するトークイベントに出演する。香港公演のポスターには、どちらが勝つのかと問いかけがあった。30年を経て、西川はどちらも負ける必要はないと考えるに至ったようだ。

主要ディスコグラフィー

  • SINGularity (2019)
  • SINGularity II -過形成のprotoCOL- (2022)
  • SINGularity Ⅲ -VOYAGE- (2025)

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