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Elle、Prime Videoで配信:絶え間ない前向きさを周囲が真剣さの欠如と取り違えた高校生時代へ

Liv Altman

十代の若者は誰でも、こうありたいと願う自分を演じている。だが、エル・ウッズが特別なのは、その演技のどれが勝ち残ったのかを私たちがすでに知っている点だ。ピンクのスーツも、ハーバードへの出願ビデオも、法廷での逆転劇も訪れる前に、南カリフォルニアの高校に、その絶え間ない前向きさを周囲のほとんどから真剣さの欠如と受け取られていた少女がいた。本作はその少女を探しに、結末を承知のうえで過去へ戻っていく。

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これは前日譚であり、Prime Videoはその出自を隠さない。正式タイトルは「エル:フロム・ザ・ワールド・オブ・キューティ・ブロンド」。新人レクシー・ミネトリーが、リース・ウィザースプーンが代名詞にした役の十七歳の姿を演じる。舞台はハーバードよりずっと前の高校で、ここでのエルは初めて「水を得た魚」の側にいる。喜劇は明るく、速く、てらいがない。その下に潜む前提は静かに奇妙だ。観客が四半世紀前から行き先を知っている青春物語なのだから。

その既知性こそが原動力だ。ふつうの学園ドラマは、ヒロインが意中の相手を射止めるか、一年を生き延びるかを問う。エルはその種のサスペンスでは動かない。彼女がケンブリッジで判例を論じる未来を私たちは知っているからだ。だから本作はより難しい問いで走る。エルに何が起きるかではなく、エルになるために何を支払うのか、という問い。彼女の超能力とされる楽天性は、ここでは日々の意志の行使として描かれ、それを未熟さと取り違え続ける世界に抗い続けている。

後ろ向きに語るこの手法には、長いテレビの伝統がある。「ヤング・シェルドン」は結末を知られた人物から喜劇を紡ぎ、「ベイツ・モーテル」は怪物の前史に恐怖を見いだした。前日譚は毎回同じ難題に直面する。結末が固定されているなら、「なる過程」そのものがドラマにならねばならない。優れた作品は既知性を郷愁ではなく圧力として扱う。エルもその物差しで評価されたがっているように見える。

作り手は自分たちが立つ伝統を熟知している。創造主のローラ・キトレルは「インセキュア」などの喜劇畑出身で、共同ショーランナーのキャロライン・ドライズは「ヴァンパイア・ダイアリーズ」や「バットウーマン」で連続ティーンドラマの構造を長年設計してきた。この組み合わせが野心を物語る。喜劇の声を、十代の一週間を「重み」に変える機構の上に載せるのだ。第一・二話の監督は「ピッチ・パーフェクト」のジェイソン・ムーア。母娘の背骨も、映画版にはなかった最も賢い追加だ。ジューン・ダイアン・ラファエルが母エヴァを、トム・エヴェレット・スコットが父ワイアットを演じ、荒れる高校の水から戻る場所として家族が機能する。

配役は世代の記憶をくすぐり続ける。かつてWB系青春ドラマの守護聖人だったジェームズ・ヴァン・ダー・ビークが、教育長で市長候補という体制側として現れる。少女が押し返すべき権威に、元ティーンアイドルが据えられているわけだ。物語を九〇年代半ばに置いた選択も装飾ではない。インターネットが世代に自らの真剣さを先回りして茶化すことを教える前、率直な熱意がまだオンラインで謝るべき弱点ではなかった時代。そこにエルを置くことで、本作は十代の楽天性にこの二十年で何が起きたのかを、声高にせずに論じている。

Elle - Prime Video
Elle Woods (Lexi Minetree) in ELLE. Photo Credit: Jessica Brooks/Prime Video

残るのは、本作が賢明にも答えを出さない問いだ。エルがどんな女性になるかは知っている。だがどんな前日譚も返せないのは、その自信が本当に自由に選ばれたものか、それとも周囲の疑いに抗って作り上げられたものか、という点だ。結末を最初から手にした物語は、そこへ至る代償についてしか語れない。エルはその代償こそが物語だと賭けている。

「エル」は7月1日にPrime Videoで配信開始。シーズン1の全8話が同日に一挙公開される。配信元は1月、放送前にしてすでにシーズン2の更新を決めている。映画とともに育った観客が、彼女の出発点を見たがるはずだという賭けだ。

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