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『離婚しようよ』レビュー――物足りない設定を救う、俳優陣の好演

Veronica Loop
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離婚しようよの幕開けを飾るのは、東海林大志(松坂桃李)と黒澤ゆい(仲里依紗)が、コーヒーを飲みながら、まるで仕事の打ち合わせでもするように離婚の話を交わす、切れ味のあるウィットに富んだやりとりだ。つかみとしては申し分ない。すでに心は離れているのに、関係を終わらせることについては妙に息が合う二人。この場面が作品全体の調子を決めている。ユーモアと切なさの両立を目指す人間ドラマだが、その試みがいつも成功しているとは限らない。

宮藤官九郎と大石静が脚本を手がけた、TBS制作のNetflixシリーズ。ロマンティックコメディの色合いを濃く打ち出しながら、政治風刺も盛り込んだ日本のドラマだ。離婚には前向きな夫婦が、外部の事情によって別れられずにいるという設定には可能性がある。とりわけ、恋愛の軽妙な掛け合いを長年重ねてきたかのように、絶妙な呼吸を見せる松坂と仲の相性は魅力的だ。

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離婚しようよの魅力を支えているのは、何より俳優陣の演技だ。松坂桃李は、最悪のタイミングで政治家としてのキャリアが動き始めた大志に、乾いた自虐的なユーモアを与えている。抑制の効いた台詞回しと、しばしば見せる無表情が、本心から感情をあらわにする場面をいっそう際立たせる。俳優として自らの仕事上の難題に向き合うゆいを演じる仲里依紗は、繊細さと鋭い機知をバランスよく表現。第3話で、離婚の手続きが進まないことについて大志を問い詰める場面では、声ににじむむき出しの苛立ちが胸に迫るほど生々しい。

脇を固めるキャストも負けていない。錦戸亮は、大志の政治的な味方からライバルへと転じる加納恭二に複雑な奥行きを与え、板谷由夏は二人の共通の友人役に温かさと知恵を添える。古田新太や高島礼子が演じる小さな役どころにも、単なる背景に埋もれないだけの個性がきちんと息づいている。

映像や音楽といった制作面も、作品を支えている。東京のネオンがきらめく通りから静かな住宅街の片隅までを捉えた、洗練された映像によって、街そのものが俳優たちと同じくらい存在感のある登場人物のように感じられる。キョウジュロウが選曲したサウンドトラックは控えめながら効果的だ。柔らかなピアノの旋律や環境音楽を物語の感情の節目に添えつつ、場面を覆い尽くすことはない。

一方で、離婚しようよは物語の運びに難がある。序盤は興味を引くものの、中心にあるはずの離婚という問題が、必ずしも実を結ばない脇筋に埋もれ、話が必要以上に長く感じられる場面が出てくる。政治風刺も、ときに後から付け足したように映る。作り手が、ロマンティックコメディを目指すのか、日本政治への鋭い批評を描くのか決めかねているかのようだ。この迷いが物語の勢いを弱めている。

テンポにも課題がある。全10話のシリーズだけに、編集をもっと引き締める余地があっただろう。とりわけ中盤では、同じような言い争いや無理に笑いを取りにいく場面が続き、観る側の忍耐を試す。最終話には満足感があるものの、物語のむらを十分に挽回するには、登場が遅すぎる。

離婚しようよは、現代の人間関係の複雑さ、公の場で生きることの重圧、そして何かを手放す難しさを描こうとしている。だが、こうしたテーマは作品のトーンの揺れにしばしばかき消される。ある場面では愛と喪失をめぐる心に響くドラマが描かれ、次の瞬間には政治的な駆け引きを題材にしたドタバタ喜劇へと切り替わる。その落差は唐突で、作品全体の焦点をぼやけさせている。

とはいえ、離婚しようよには光る瞬間もある。第6話の印象的な場面では、停電によって二人きりになった大志とゆいが、互いにまだ残る気持ちと向き合わざるを得なくなる。二人の間には張り詰めた空気が漂い、台詞には口に出せない感情が弾ける。作品が恋愛劇としての原点に真正面から向き合う数少ない場面の一つであり、その効果は見事だ。

日本の芸能界や政界を描く部分も見どころだ。オーディションや撮影現場での衝突、公の場への出演までを含めた、ゆいの俳優業の舞台裏は、現実味があり地に足がついている。同じように、メディアの監視や世論と向き合いながら、頭角を現しつつある政治家として奮闘する大志の姿も、人物に厚みを加えている。

総じて、離婚しようよは好感の持てる作品ではあるが、欠点も抱えている。俳優陣の演技は力強く、台詞には機知がある一方で、物語の設定はもっと引き締められたはずだ。

キャスト

写真:The Movie Database(TMDB)

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