映画

Jodie Fosterが全編フランス語で挑む、ズロトウスキ監督のミステリー「プライベート・ケース」

Veronica Loop

パリで働く精神分析医が、自分の患者の一人は自然死ではなかったと確信する。そして、その疑念を捜査の権限を持つ誰かに委ねるのではなく、自ら問いを立て始める。これがレベッカ・ズロトウスキ監督作「プライベート・ケース」(原題「Vie privée」)を動かす原動力であり、同時にこの映画がどのような作品なのかを物語っている。職業的な好奇心を、登場人物の欠点としても物語の仕掛けとしても扱う一本だ。

とはいえ、国境を越えて関心を引くのは主演だ。Jodie Fosterは、この作品をほぼ全編フランス語で、流暢に、そして速いテンポで演じきっている。彼女ほどの地位にあるハリウッド俳優がまず挑まない領域である。その選択が企画全体の意味を変えてしまう。英語圏のスターがアート系作品にちょっと顔を出すというのではなく、第二言語で築き上げられた一個の完成した演技なのだ。業界がこの作品に寄せる関心も、まさにそこから生まれている。

YouTube video

脇を固める顔ぶれは、作品の音色についての意思表明のようでもある。Daniel Auteuilは主人公の元夫であり、しぶしぶ詮索に付き合う相棒を演じる。二人は調査をスリラーというより、再婚をめぐる喜劇に近いものへと変えていく。結婚生活が終わってずいぶん経つのに、同じ部屋にいることを明らかに楽しんでいる二人だ。Virginie Efira、Mathieu Amalric、Vincent Lacosteが、この映画が住まいながら穏やかにからかってみせるパリのブルジョワ的な世界を埋めていく。これは見せ場ではなく音色のために集められたキャストであり、メランコリーと笑劇のあいだで喜劇的なミステリーを、どちらにも傾きすぎずに保つことのできる俳優たちだ。Fosterが演じるリリアン・スタイナーは、そもそも事件など存在すると確信しているただ一人の人物として、その中心に座っている。

ズロトウスキはこれまでのキャリアを通じて、自らの境遇が許す以上のものを求める女性たちの周りを巡ってきた。欲望と家族と階級のあいだを、めずらしいほど軽やかな手つきで行き来する作品群である。「プライベート・ケース」はその本能をジャンルの方へ押し進め、探偵物語の形を借りつつ、内面の生への監督ならではの関心を手放さない。結果として出来上がったのは捜査ドラマというより社交界の喜劇に近く、調査は核心ではなく口実として機能している。ズロトウスキはパリを心地よい表層の街として撮り、カメラを主演に寄せたまま、出来事ではなく注意力とタイミングだけで何場面も持たせる力をFosterに委ねている。

この映画が本当に描いているのは、分析の限界だ。リリアンは職業人生のすべてを、自分は人を読み解けるという確信に費やしてきた。物語はその確信を、彼女がきれいに解釈しきれない一つの死に突きつける。ミステリーは確かに存在するが、ズロトウスキの関心は解決そのものよりも、正しくありたいという分析医の欲求の方に向いている。職業的なまなざしのスイッチを切ることのできない専門家についての映画であり、部屋にいる全員を理解したいという衝動の奥に埋もれた、ささやかな虚栄心についての映画でもある。死んだ患者は被害者というより、リリアンが未解決のまま放っておけない一個の問題になっていく。これは大半のスリラーがわざわざ抱え込もうとはしない、より鋭い着想だ。

その枠組みは同時に、この映画の賭けでもある。自らの解決を二の次として扱うミステリーは、監督が半ば無視している犯人当てを気にかけてくれと観客に求めることになり、すべての観客が彼女についていけるわけではない。喜劇的な音色は緊張感を意図的に低く抑え、映画はサスペンスを取るのか風刺を取るのか最後まで決めきらない。映画祭での評価は、まさにこの一点で割れた。軽すぎると見た者もいれば、優雅だと評した者もいる。正直な結論を言えば、この作品はその緊張を解消するというより、その内側に居心地よく住みついている。

公開をめぐる戦略は、映画そのものと同じくらい興味深い。Fosterほどの水準のアメリカのスターがフランス語での主演を引き受けるのは、権威ある映画祭と配信の買い手がますます同じ顔に見えてくる市場での計算された一手である。そこでは、見覚えのある顔がヨーロッパの作家性と結びつくと、どちらか一方だけでは届かない場所まで届く。小さく、台詞の多い作品を、本来なら決して届かないはずの数十もの地域で公開させてしまう類いのキャスティングであり、広範な配給地図がそれを裏づけている。

主要キャストにはLuàna Bajramiが加わり、ドキュメンタリー作家のFrederick Wisemanが小さな役で顔を出す。自分の観客を知る監督による、静かに映画愛をにじませる一筆だ。製作はLes Films Velvetとフランス3シネマ(France 3 Cinéma)、監督と共同脚本はズロトウスキが務め、上映時間は引き締まった103分。フランスではAd Vitamが配給し、北米とラテンアメリカではSony Pictures Classicsが権利を持つ。看板スターが背負う字幕付きの主演作への自信をうかがわせる配給地図である。

本作はカンヌ映画祭でコンペティション外として上映され、長いスタンディングオベーションを浴びた。フランスでは昨年末に公開され、年明けにはSony Pictures Classicsを通じて米国の劇場に届いた。英国とアイルランドでは6月26日に公開され、さらに各地での公開が控えている。業界戦略として見れば、その意図に曖昧さはない。集客力のあるアメリカの名前が、ヨーロッパ製作を、その言語の条件のままで一人で支えられると証明してみせたのだ。映画としては、自分がどれほど軽い一本であろうとしているかを正確に心得た、自信に満ちた小品である。邦題「プライベート・ケース」として7月24日より日本公開(カンヌ映画祭でコンペティション外として世界初上映)。

キャスト

タグ: , , , , ,

ディスカッション

0件のコメントがあります。