音楽

K-POPグループが「未完の物語」をファン忠誠心の原動力に変えた仕組み

Noah Brandt

数カ月おきに、K-POPでは新作アルバムが発表される。そしてそのたびに、何万人ものファンはすぐに音楽を聴くのをやめ、ミュージックビデオを1コマずつ読み解き始める。彼らが「ロア」と呼ぶものを探すために。

K-POPにおけるロアとは、グループがアルバム、ミュージックビデオ、ウェブトゥーン、ライブイベントをまたいで構築する、継続的な架空世界を指す。ファンはその物語を解読し、議論し、拡張するよう招かれる。この言葉はファンタジーやゲームのファンダムから借用されたものだが、そこにはK-POP事務所がリリース戦略に意図的に組み込んできた仕掛けがある。すなわち、エピソードとエピソードの間もファンを惹きつけ続ける、明確な結末を持たない物語だ。

その雛形を築いたのはBTSだった。彼らのHYYHサイクルは、青春、壊れかけた友情、そしてタイムループの仕組みというテーマを、相互に結び付いた短編映像、ミュージックビデオ、ウェブトゥーン、ビジュアルノベルに通底させる成長譚の世界として構築した。このストーリーラインは、構造的な未完性を核として設計されていた。物語は完全には解決されない。ファンコミュニティはその謎を解くことを中心に形成され、解くという行為そのものが忠誠心の一形態となった。

SM Entertainmentは異なる設計手法を採った。同社のSM Culture Universe、通称SMCUは、aespa、EXO、NCT、SHINeeをはじめとするアーティストを、KWANGYAと呼ばれる共有の架空世界で結び付けた。そこは、各メンバーのデジタルアバターが、nævisと呼ばれる導き手のAI的存在、そしてBlack Mambaという姿を変えるデジタル脅威と共存する仮想の荒野だ。aespaのデビューシングル「Black Mamba」はこの語彙を提示し、以降の各リリースは、ファンが自ら描き出すことを期待された地図に新たな座標を加えていった。

世界観の構築が必ずしも事務所のインフラに依存するわけではない。ATEEZは、鏡写しの二つのタイムラインが交差する地点に置かれた次元間の砂時計、The Cromerを中心にユニバースを展開した。ファンは歌詞への言及や演出上の選択からその仕組みを逆算し、リリースとパフォーマンスを照合している。TXTは、架空のアイドルグループStar Oneを追うウェブトゥーンによって物語を拡張した。ENHYPENは複数のアルバムサイクルを、吸血鬼をテーマにしたシリーズ「Dark Moon: The Blood Altar」と連動させ、架空の出来事を現実のカムバックスケジュールへ直接織り込んだ。

こうして生まれるファンの労働こそが、商業的な仕組みとなる。コマ単位で検証する考察動画、専門のWiki、Discordサーバー、そして各リリース後にリアルタイムで更新される共同解釈のインフラは、1曲のストリーミング再生をはるかに超えて続く、絶え間ないパラソーシャルな投資サイクルを生み出す。グループが新しいミュージックビデオを公開する際、主要な視聴者はカジュアルなリスナーではない。物語が未解決のままである時間が長いほど、コンテンツとの関係を深めていく能動的な解釈者たちのコミュニティなのだ。

ロアとアイドルのペルソナは、機能的には異なる規模で稼働する同一のシステムである。K-POPにおけるアイドルは、単なるポップスターではない。一貫した視覚的記号、あらかじめ定められた性格特性、そしてグループ全体の関係性のなかで担う物語上の役割によって形作られたキャラクターだ。こうしたペルソナは、ファンとの交流、リアリティ形式の番組、舞台裏コンテンツを通じて維持され、物語を現実と連続しているかのように感じさせることでロアを強化する。ペルソナと、その背後にいる本人との隔たり自体が物語的緊張の源泉となり、台本のない形式でアイドルが活動するたびに浮かび上がる。MCMによるAgents of Mysteryの考察が扱ったのは、まさにこの点だった。安全網なしでアイドルがパフォーマンスしたとき、構築されたイメージに何が起こるのか。ペルソナは維持されるのか、それともこれまで覆い隠してきたものを露わにするのか。

K-POPのロアは、長期展開される知的財産が観客の関心を支配するメディア環境において、新たな形の連続フランチャイズ・コンテンツとして機能している。意図的な未完性、複数メディアへの拡張、参加型の解読というその仕組みは、高品質ドラマにおけるユニバース構築やコミックブックの連続性と同じ文法に属する。異なるのは届け方だ。劇場公開のスケジュールの代わりに、3分半のミュージックビデオの中へ隠された情報を運ぶ、四半期ごとのカムバックサイクルが拡張の媒体となる。Netflixが手がけた、K-POPアイドルが超自然的な力と戦うアニメーション映画は例外ではなく、すでにその地点まで半ば到達していたジャンルが論理的に延長されたものだ。

K-POPが示したのは、ファンの忠誠心は個々のリリースの出来ではなく、解釈の対象となる世界の深さに応じて拡大するということだ。物語に参加するオーディエンスは、それに投資するコミュニティとなり、コミュニティはカムバックの合間に離脱しない。彼らは待ち、見返し、考察する。物語が彼らをつなぎ留める。未完性はシステムの欠陥ではない。それこそがシステムの作動原理なのだ。

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