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『Tore』――自滅の果てに描かれる、むき出しの喪失

Veronica Loop
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Toreの冒頭は、容赦なく胸に突き刺さる。27歳の「大人になりきれない男」トーレは、涙を流しながらナイトクラブのトイレをふらつき、洗面台の上のコカインを鼻から吸い込む。喪失と自滅、そして大人になることのままならなさを描く、ウィリアム・スペッツ(William Spetz)の悲喜劇。その幕開けとして、これ以上ないほど率直な場面だ。

スペッツが企画・主演を務めるToreは、父親の突然の死を受けた主人公トーレの姿を追う。悲しみと向き合う代わりに、彼はセックスやドラッグ、無謀な行動に身を投じ、家族や友人を心配させる。舞台も撮影地もストックホルム。スペッツは創作にまつわる心の痛みという自身の経験をもとに、きわめて個人的でありながら、誰もが共感できる物語を紡いでいる。

Toreの最大の魅力は、ひるむことのない率直さだ。スペッツの演技は生々しく、飾り気がない。無邪気さと自滅的な衝動を同時に抱える男の本質を捉えている。笑いはブラックで、ときに本物の哀切を帯び、トーレがたどる道のうち、薄汚れた側面からも目をそらさない。トーレの父ボッセを演じるペーテル・ハーベル(Peter Haber)や、リン役のサンナ・スンドクヴィスト(Sanna Sundqvist)をはじめとする共演者たちも、物語に奥行きと繊細さを加え、感情の真実味を支えている。

舞台設定にリアリティがあることも、本作の強みだ。活気あるLGBTシーンと、けばけばしさの裏にある荒んだ顔を併せ持つストックホルムの夜が、トーレの奔放な行動を受け止める。現地で撮影するというスペッツの選択が、物語に現実味をもたらし、そのざらついた真実らしさを引き立てている。なかでもナイトクラブのパトリシアは、それ自体がひとつの登場人物のような存在となり、トーレの変化が始まる場所として描かれる。

とはいえ、Toreに欠点がないわけではない。展開のテンポにはむらがあり、間延びしたり、重要な場面を急ぎ足で通り過ぎたりするエピソードもある。脇役のなかでも、特にトーレの交友関係に属する人物たちは掘り下げが足りず、ひとりの人間として描かれるより、筋書きを動かすための存在にとどまっている。また、ときおり決まり文句やステレオタイプに頼るため、それ以外の部分で示されている新鮮なアプローチが損なわれてしまう。

そうした難点はあるものの、Toreは見応えのある作品だ。安易な答えやきれいにまとまった結末を差し出すのではなく、自分自身を知るまでの、混乱に満ちた痛みを伴う過程を描くことを選んでいる。なかでも、喪失の描き方は注目に値する。自分の喪失と正面から向き合うことを拒むトーレの姿は、共感を呼ぶ心の守り方でもある。向き合うことを避けたい気持ちと、受け入れようとする気持ちの間で揺れる内面を、スペッツは見事に描き出している。

タブーとされがちな題材に臆せず踏み込む点も、このシリーズを際立たせている。自らのセクシュアリティを探ることからドラッグを試すことまで、Toreは居心地の悪い真実を前にしても目をそらさない。この恐れを知らない姿勢こそ、本作の大きな強みのひとつであり、より型にはまったドラマとの差を生んでいる。

比較するなら、ToreはBoJack HorsemanやFleabagのような、ユーモアと悲劇を織り交ぜながら複雑な感情の世界を描く成長物語と共通点がある。一方で、容赦のないリアリズムと、際立ったスペッツの演技によって独自性を打ち出している。スペッツ自身の経験を出発点に、深い真実味を感じさせる物語を生み出した本作は、個人的な物語を語ることの力を証明している。

ただし、Toreが誰にでも向くとは限らない。ブラックユーモアと露骨な描写があるため、観るのがつらく感じられる場面もある。気軽な現実逃避や、すっきりとまとまった物語を求める人は、もどかしさを覚えるだろう。一方で、生々しく飾らない語り口を好む人なら、スペッツの初監督シリーズに見るべきものを見いだせるはずだ。

Toreの評価は、一筋縄ではいかない。テンポや人物描写に難が見える一方、ひるむことのない率直さとスペッツの際立った演技が、見応えのある作品にしている。喪失や自己発見、人間の振る舞いの複雑さを探る物語は、いまの時代にも通じると同時に、誰にとっても身近なものだ。喪失を経験した人や、自分自身の心の闇と向き合う人の胸に響くだろう。

Toreの特に印象的な点は、ユーモアと悲劇のバランスを保つ力だ。スペッツの脚本は切れ味があり、機知に富んだ会話と、深い悲しみがこみ上げる瞬間を組み合わせている。ダークコメディはトーレにとって心を守る術となり、彼が悲しみを受け止めていく過程を、自然で共感できるものにしている。この両立は決して簡単ではないが、Toreは見事なさじ加減で成し遂げ、ジャンルのなかでもひときわ目を引く作品となった。

映像表現の力強さも、本作を支えている。撮影はストックホルムの夜のざらついた現実を捉え、観る者をトーレの世界へと引き込む。自然光と手持ちカメラを用いることで、いま目の前で起きているような感覚が生まれ、トーレの旅路に自分も付き添っているかのように感じられる。さらに、電子ビートと伝統的なスウェーデン民謡を織り交ぜたサウンドトラックが映像表現に呼応し、物語を引き立てる独特の音響体験を作り上げている。

演技では、スペッツが疑いようのない主役だ。トーレを繊細かつ多面的に演じ、弱さと強さを等しく表現している。わずかな表情や身振りで感情を伝えるスペッツの力は見事で、観る者が思わず応援したくなる人物にトーレを作り上げた。ボッセ役のペーテル・ハーベルとリン役のサンナ・スンドクヴィストをはじめ、共演者たちも力強い演技を見せ、物語をしっかりと支えている。

ただし、本作には弱さが顔をのぞかせる場面もある。脇役のなかでも、特にトーレの交友関係にいる人物たちは掘り下げが足りない。彼らはひとりの人間として十分に描かれるより、筋書きを動かす役割を担うことが多く、そのためにエピソードによってはまとまりを欠いて感じられる。また、ときおり決まり文句やステレオタイプに頼る点も、それ以外では新鮮な本作のアプローチを損なっている。

こうした欠点があっても、Toreは目を向ける価値のあるシリーズだ。喪失や自己発見、人間の振る舞いの複雑さをひるまず描く姿勢は、いまの時代にも通じると同時に普遍性を備えている。ブラックユーモアと深い悲劇を融合させた本作は、このジャンルでも際立つ存在だ。スペッツの印象的な演技も、作品を簡単には忘れがたいものにしている。

結論として、Toreは、大人になることのままならなさを生々しく、飾らずに描いた見応えのある作品だ。誰もが楽しめるわけではないかもしれないが、率直な物語を好む人なら、スペッツの初監督シリーズに多くの魅力を見つけるだろう。

キャスト

写真:The Movie Database (TMDB)

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