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『愛は、新たな日々へ』は三部作を何も解決せずに終わらせる

ポーランド発のエロティック・ドラマは、前作と同じ嫉妬劇を繰り返すだけで新しさがない。
Martha O'Hara
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愛は、新たな日々へは、ラウラ(アンナ=マリア・シェクルツカ)がマッシモ(ミケーレ・モローネ)のベッドで目を覚ます場面から幕を開ける。早朝の光が寝室を満たすこのショットは官能的な雰囲気を丁寧に作り上げており、二人の関係がまだ揺れ動いていることを示唆する。だが、この幕開けが約束する緊張感を、その後の展開はほとんど回収できない。

物語は、双子の弟アドリアーノの墓を訪れるマッシモの姿から動き出す。前作の事件を生き延びて療養中のラウラを見舞う彼だが、医師の忠告にもかかわらず、ラウラは業務中のマッシモを誘惑してしまう。二人はいったん寄りを戻すかに見えるが、マッシモはラウラがナチョ(シモン・スージンナ)と島へ逃避した過去や、妊娠を隠されていたことをいまだ許せず、ラウラは流産の責任を彼の一族に負わせて言い返す。関係の修復は幾度もこじれ、マッシモは仲間とキンク・クラブへ足を運ぶが、浮気には至らない。

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結婚生活が揺らぐなか、ラウラはブランドアンバサダーとしての仕事に打ち込み、親友のオルガとともにファッションの祭典に招かれてポルトガルへ渡る。偶然にもサーフィン大会に出場中のナチョがそこに滞在しており、避けようとするラウラだったが、結局は再会し、二人はビーチで結ばれる。ナチョは、ラウラがマッシモを愛していると知っていたからこそ彼の命を救ったのだと明かし、自分も彼女を愛しているが無理強いはせず待つと告げる。怒りに震えるマッシモと対峙したラウラは離婚をちらつかせて距離を置き、ポーランドの実家に戻って、自分が本当は誰を愛しているのか分からないまま30歳の誕生日を迎える。

筋立てだけを見れば、信頼と嫉妬、そして選択という重いテーマを掘り下げる余地は十分にあった。しかし本作はその可能性を活かしきれていない。アンナ=マリア・シェクルツカは、ラウラの不安と欲望のあいだで揺れる表情をなんとか言葉少なに伝えようとしており、シリーズ中でも安定した演技を見せる。ミケーレ・モローネもまた、マッシモの高圧的な一面と、妻を失うことへの怯えという二面性を示そうとするが、脚本がその振れ幅を支えきれていない。

この映画の弱点は明白に脚本にある。展開は予測がつきやすく、人物の心理はほとんど掘り下げられないまま、官能的な場面の数だけが物語の進行を押しのけていく。監督のバーバラ・ビアウォヴァスとトマシュ・マンデスは、光と構図を用いて官能的なシーンを見栄え良くまとめる手腕は確かに持っている。だが、物語を前に進めるための緊張感や感情の積み重ねを作ることには、最後まで成功していない。たとえば、マッシモがラウラの過去の行動に嫉妬をあらわにする場面は、ふたりの関係の複雑さをえぐり出す好機だったはずだが、掘り下げの浅さゆえに単なる痴話喧嘩の域を出ない。

ナチョのキャラクターも同様の問題を抱えている。前作から引き続き登場する人物でありながら、彼がなぜここまでラウラに執着するのか、その動機は最後まで曖昧なままだ。強い感情だけが提示され、その根拠が描かれないため、観客が彼に肩入れする理由も薄い。前作にあった緊張感と先の読めなさは、この続編ではほぼ失われてしまっている。

本作は2022年に公開されたポーランドのエロティックドラマで、ブランカ・リピンスカによる三部作の最終巻を原作としている。批評家からの評価は総じて厳しく、IMDbのユーザーレビューにも「本当に悪い演技、本当に悪い脚本」という手厳しいコメントが並ぶ。視覚的な華やかさとロケーションの美しさだけでシリーズを追ってきた観客をつなぎ止めるには、物語と人物造形があまりに薄い。三部作を最後まで見届けたファンへの誠実な着地点としては、正直なところ物足りない一本である。

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写真: The Movie Database (TMDB)

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