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松嶋菜々子、『リング』『家政婦のミタ』を経て13年ぶりの『救命病棟24時』へ

Penelope H. Fritz
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松嶋菜々子
松嶋菜々子
Photo: Georges Biard / CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
生年1973年10月13日
Yokohama, Kanagawa, Japan
職業女優
代表作When Marnie Was There, リング, 火垂るの墓
受賞Élan d'or · Hashida · Golden Arrow · 2 アカデミー賞 · Nikkan Sports Drama Grand Prix

日本の外で松嶋菜々子といえば、再生ボタンを押す女性だ。呪いのビデオを見てしまい、自分が解き放ったものの正体を七日以内に突き止めようとする記者、浅川玲子を演じ、中田秀夫監督のリングを国境の向こうへ届け、その後に続くジャパニーズホラーの波を切り開いた。けれど日本では、この映画は彼女のキャリアのほとんど注釈にすぎない。こちらで彼女は、ゴールデンタイムの枠を絶対に失敗させられないとき、テレビ局が頼る女優だ。そして彼女がこれまでに集めた最大の視聴者は、表情をほとんど変えない女性を演じる姿を見るためにテレビの前に集まった。

キャリアが四十年目に差しかかった今、その歩みをたどるには、この二つの顔の違いが格好の入り口になる。松嶋は横浜市鶴見区で育ち、神奈川県座間市で10代を過ごした。高校1年の終わりごろ、ファッション誌「ViVi」の編集者に読者モデルとして見いだされたが、引き受ける前に両親を説得しなければならなかった。18歳になるころには同誌の専属モデルの一人となり、同じ年にTBSドラマで俳優デビューを果たした。

デビュー当初の役よりも、彼女の知名度を高めたのはテレビCMだった。マクドナルドのてりやきバーガーのCMで注目を集め、旭化成の水着キャンペーンが続き、ゆったりとした口調のひと言を軸にした日産自動車のCMでオファーが相次いだ。フジテレビのバラエティ番組では、コントでいじられる役をレギュラーで務め、自分一人で作品を背負う前から、お茶の間に顔を知られるようになった。横浜で1973年10月13日に生まれた彼女が22歳のとき、その後の道を変える知らせがNHKから届いた。

1996年、松嶋はおよそ2,000人の応募者の中から、初主演となる朝の連続テレビ小説ひまわりのヒロインに選ばれた。オーディションの後、制作陣は彼女をうなぎ店に連れていった。後にプロデューサーが明かしたところによれば、食事の場もテストの一環だったという。食事の場面がある役だったため、食べ方を見たかったのだ。1年もたたないうちに、松嶋は松下電器の「きれいなお姉さん」キャンペーンの2代目イメージキャラクターにもなり、好感度の高い女優を選ぶ人気投票で首位に立った。

その後の活躍は、なかなか並ぶものがない。1998年には映画リングで初主演を果たし、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞にノミネートされた。同年夏にはGTOで、反町隆史演じる主人公の相手役として、まじめな若手教師・冬月あずさを演じた。最終回の視聴率は35.7%に達した。1999年にはヒット作3本で主演を務め、その一つが、江口洋介演じる医師とともに若手医師・小島楓を演じたフジテレビの救命医療ドラマ救命病棟24時だった。2000年のやまとなでしこでは、裕福な夫を探す客室乗務員を演じ、視聴率は30%を超えた。雪山を舞台にしたスリラー映画Whiteoutでは日本アカデミー賞に再びノミネートされ、2002年には唐沢寿明とともにNHKの1年にわたる大河ドラマ利家とまつ〜加賀百万石物語〜の主演を務めた。NHKの朝ドラと看板大河ドラマの両方で主演した女優は、それまで松嶋が初めてだった。

2001年2月21日に反町と結婚し、二人はフジテレビで合同記者会見を開いた。スポーツ紙や週刊誌は、世紀最初のビッグカップルの誕生として大きく報じた。2004年と2007年に娘が生まれ、松嶋は子どもたちが幼いうちは連続ドラマへの出演を控えた。2005年と2009年、連続ドラマに本格復帰した二度の作品は、いずれも救命病棟24時だった。

松嶋の伝説を形づくる際に使われてきた物差しには、弱点もある。彼女のキャリアはほぼ一貫して視聴率の数字で語られてきた。数字は安定感に報い、冒険を罰する。そのため長い期間、彼女には挑戦を促す役よりも、数字を取ることが求められる役が与えられた。もっとも興味深い選択は、広告で売りにしてきた親しみやすさとは反対の方向へ踏み出したときに生まれている。2005年のテレビドラマ版火垂るの墓では、母親を亡くした二人の子どもを家から追い出す、冷淡なおばを演じた。後に松嶋は、当初はこの役を引き受けたくなかったと打ち明けている。彼女の評判を築いた作品は日本のテレビ局の番組表に残る一方、ハリウッドが2002年にリメイクしたザ・リングでは、彼女にとって最も海外に売り出しやすい役をナオミ・ワッツが演じた。

イメージをめぐる最大の試練となったのが、2011年の家政婦のミタだった。三田灯は、どれほど理不尽で有害な指示でも、同じ平板な調子で「承知しました」と答えて実行する家政婦だ。松嶋はシリーズを通じて、このせりふを88回口にした。最終回の世帯視聴率は40.0%に達し、今世紀に入ってこの数字を超えた日本のドラマは初めてだった。三田の決まり文句は職場や教室にも広がった。彼女の最大の成功は、松嶋を人気者にした要素をすべて取り除くことで生まれた。

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その後の歩みは、着実なものだった。松本潤とLucky Sevenで再共演し、三池崇史監督のShield of Strawでカンヌに赴き、スタジオジブリの思い出のマーニーでは、不安を抱える里親の佐々木頼子の声を担当した。2019年にはひまわりから23年ぶりにNHKの朝ドラに復帰し、2023年には同局の大河ドラマで松本潤演じる徳川家康の母を演じた。同年に令和が始まってからは、子育てが一段落したこともあり、連続ドラマへの出演が増えている。2024年にはGTOの特別復活作で反町と再び共演。2025年には、アンパンマンの作者・やなせたかしをモデルにした主人公の母親役であんぱんに加わった。

今年は、ここしばらくで最も多忙な一年となった。1月から3月まではテレビ朝日のおコメの女で、東京国税局のベテラン調査官を演じた。同局の連続ドラマで主演するのは初めてだった。夏には、反町が主演する新作GTOシリーズに、冬月あずさ役で戻ってきた。10月12日には、フジテレビが救命病棟24時の第6シリーズをスタートさせた。2013年以来となる本格的な連続シリーズであり、同作がフジテレビの月曜午後9時枠で放送されるのも初めてだ。江口と松嶋が共演するのは、2010年のスペシャルドラマ以来となる。

小島は現在、救命救急センターの副センター長として、仕事に対する考え方が自分とは異なる若手医師たちの指導を担っている。松嶋は今回、江口演じる進藤とのやり取りでは、小島を少し肩の力が抜けた人物として演じるつもりだと語っている。シリーズは秋を通じて月曜夜に放送される。研修医を演じてから27年、今度の役で求められるのは教える側になることだ。そして各話は、彼女のキャリアが常にそうだったように、視聴率という物差しで見られることになる。

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